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山内一豊の母(法秀院)の墓

山内一豊の母、法秀院は、尾張国春日井郡羽黒村の名族である羽黒城主・梶原氏の娘という説や、二宮長門守一楽斎の娘とする説などがあり、その出自は明らかでありません。

夫・盛豊が戦死した後、出家して法秀尼と称し、一豊ら子どもたちとともに苅安賀、松倉、牧村と移住し、天正の初めごろから近江町宇賀野の長野家に身を寄せていたといわれます。

そこで近所の少女たちに裁縫やお作法などを教えているうちに千代を見初め、一豊の妻にと勧めたといいます。

天正13年(1585)、一豊が長浜城主になったのちも長野家にとどまり、翌年7月7日、長野家で病死したと伝えられています。

宇賀野のはずれに、法秀院のお墓があります。これは、明治25年に改修されたままで荒れていた墓碑を、平成9年、再び改修したもので、新しい墓石として五輪塔が建てられ、法秀院顕彰会のみなさんによってお世話されています。

北陸自動車道米原ICより車で15分

料金  

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問い合わせ先  近江町観光協会

問い合わせ電話番号  0749-52-3111

施設情報

米原市宇賀野

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