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豊菊の碑(後鳥羽上皇・豊菊)
とよぎくのひ(ごとばじょうこう・とよぎく)
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| ◆生年月日:─ ◆性別:男女 |
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| ◆出身地:〒526-0233 東浅井郡浅井町今荘(小林重蔵近親) |
| ◆電話番号:0749-74-3034 ◆FAX:─ |
◆解説:
今から800年ほど前、鎌倉時代。豊菊は旧七尾村今荘出身、後鳥羽上皇に仕え(今の長浜市鳥羽上町名起)当時武士が中心になり、日本国を治めていました。上皇はこのやり方に反対し国を良くするため、天皇が中心になってやらなければと考え、兵を集めて幕府を倒そうと計画、そして上皇は名起寺に来られ豊菊もお供してこの地に集って沢山の兵を伴い、その人たちと京都へ帰られ(当時の都)しかし、豊菊は(現、今荘)に帰されてしまい、いつも上皇の身の上を案じていました。その内、都の変が始まり、戦の後、上皇方は散々の負け戦・敗北に終わり隠岐の島へ流し者にされ、豊菊は上皇の身を案じ、自分も池に身を投げて死す。村落の人は豊菊をかわいそうに思い、塚を建て冥福を祈り、昭和48年に立派な石碑が建ち、今尚、豊菊の碑に触るとお腹が痛くなるそうだ。 この碑の伝説等々、今荘の小林重蔵様方に残っている。
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