| ◆生年月日:文政7年(1824) ◆性別:男 |
| ◆没年:元治元年(1864)9月17日 |
| ◆出身地:〒─ 湯田村(現、浅井町大字大路) |
| ◆電話番号:0749-74-0775 ◆FAX:─ |
◆解説:
三上藤川(1824〜1864)は江戸後期の学者で梅田雲濱(うめだうんぴん)・梁川星巌(やながわせいがん)らと親交もあつく、尊皇攘夷の志士として活躍した明治維新の陰の功労者である。 文政7年(1824)美濃・関ケ原の円龍寺に生まれ幼少の頃から頭脳明晰で今の東大の前身、昌平黌・幕府の最高学府に学び、武芸兵法を修めた。34歳の時、湯田村(現、浅井町大路)三上家の婿となり、塾を開いて湖北地方の子弟を教育した。当時幕府は政策の転換に迫られ天下騒然の時、藤川は外村半雲・小原鉄心・梅田雲濱・小野湖山らと往き来し、互いに情報提供せし仲であった。倒幕による勤皇政権樹立に奔走した。安政の大獄(1858)が始まると志士に対する弾圧は厳しく、その後、藤川は身の危険を避けるため長州に向かった。それ以来行方わからず湯田村を出奔した。元治元年(1864)9月17日を命日として、大正6年に三上藤川先生の碑が建立された。毎年8月20日に顕彰祭が開かれる。
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