曹洞宗 実宰院
昌庵見久禅尼
しょうあんけんきうぜんに

◆生年月日:─ ◆性別:
◆没年:
◆出身地:〒─ 湯田村(現、浅井町大字平塚 浅井(長政)三代の遺蹟地)
◆電話番号:0749-74-0653 ◆FAX:

◆解説:

 当山は鎌倉初期に開創され、小谷山城主二代下野宗・浅井久政の娘。幼にして出家得度し、昌庵見久禅尼と称した。父に請い、平野郷(浅井町平塚)の実西寺を天文11年3月5日再興し、畏しくも人皇59代宇多天皇の護持仏でありし観世音菩薩は、京極・佐々木高次に伝授され、小谷城京極丸に安置。久政は禅尼のために遷座して本尊となし実才庵と称して安住の地とさる。禅尼は長政の姉。長政は織田信長に姉川合戦に敗れ、小谷城で自害するにあたり、禅尼に三女を託し、長女は秀吉の淀君、次女は京極高次の妻、三女は徳川秀忠の御台盤所となる。由縁を持って、実宰院護守のため、豊臣・徳川歴代より50石の御末地である。又、室町時代に築造にかかった庭園がある。
 昌庵見久禅尼は身長174p、体重105kgの人並みはずれた大きな体であった。大法衣の袖の中に三人の娘がすっぽりと隠れ、残党狩りから難を免れたといわれている。
◆備考:
 現在天皇家の中に浅井氏の血が脈々と流れている。
 現地当院の表門は小谷城の裏門を模したものである。
 片桐且元の守護仏十一面観音孔雀文馨は国の重要文化財

◆参考資料:

 
 
 
 
 
◆関連項目:

BACK