| 湖北養蚕の貢献者
高橋文右衛門
たかはしぶんうえもん |
| ◆生年月日:宝暦10年(1760) ◆性別:男 |
| ◆没年:─ |
| ◆出身地:〒─ 現、岐阜県不破郡垂井町 |
| ◆電話番号:─ ◆FAX:─ |
◆解説:
美濃国(岐阜県)の垂井に生まれ、安永4年(1775)16歳の折に近江国細江町(現、びわ町細江)の五右衛門のところに養蚕業の手伝いとして来村。特に彼が養蚕技術に巧みであり、且つ仕事に精励していることに感じ、文右衛門(先代)が養子に迎えた(寛永8年(1779))。その後、彼は優秀な桑樹の育成に心血を注ぎ、のちに有名な桑の品種「細江木」の作出に成功した。蚕の飼料としてのこの品種の増殖が養蚕業ひいてはちりめん(絹織物)の生産に力のあったことは言うまでも無い。
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◆備考: 寛政3年(1792)姉川が氾濫し洪水になり付近一帯が冠水したことがあった。のちに水が引いたとき、文右衛門は自宅の近くで数本の元気な桑の苗木の芽立ちを発見。この苗を肥沃なところに移植して育成した。(現在の系統選抜にあたる。)長年かかってやっと耐水性にすぐれた良質の桑の苗木を完成させた。この苗木は「細江木」「文右衛門木」として広く全国で栽培されるようになった。 |
◆参考資料:
『蚕飼絹篩大成』成田思斉 農文協 農文協
『東浅井郡志』黒田惟信著 名著出版 1971年 名著出版
『牧野日本植物図鑑』牧野富太郎著 北隆館 1940年 北隆館
『高橋翁頌徳碑降幕式・関係書類』 1967年 高橋翁顕彰会
高橋政之(高橋金属社長)
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| ◆関連項目: |
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