湖北が生んだ画人
中川雲屏
なかがわうんぺい

◆生年月日:享和2年(1802) ◆性別:
◆没年:文久3年(1863)
◆出身地:〒─ 曽根東n尅コ(現、びわ町曽根東福寺)
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 兵左衛門の次男として生まれ(幼名は亀吉)、幼い時から絵画に興味を持ち、長浜にいた狩野派の山縣岐鳳に画の手ほどきを受けた。画才を認められて、のちに京に上り岡本豊彦の内に入り頭角を現した。彼はもと雲平と号したが中国風を気取って李雲屏と署名をするようになった。八木奇峰と並んで御土の画の異才であった。人物画、山水画、花鳥画と幅広く創作しているが、花鳥画の中でわけても著名な作品が「玉堂富貴之図」と言われる。山水画としては「京名所月次図屏風」が知られている。
◆備考:
 湖北(国)が生んだ四條派の画人、詩歌、茶道、礼式全般にわたる文人であった。

◆参考資料:

『東浅井郡志』黒田惟信著 名著出版 1971年 名著出版
『湖北の画人 中川雲屏の世界』 1995年 長浜市立長浜城歴史博物館
 
 
 
◆関連項目:

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