中山再次郎
なかやまさいじろう

◆生年月日:─ ◆性別:
◆没年:
◆出身地:〒─ 京都府
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 大正3年(1914)元京都府立第2中学校長中山再次郎こそ伊吹山スキーの生みの親である。明治44年(1911)、オーストリアのレルヒ少佐が来日、越後高田でスキー技術の講習会が陸軍省を母体として開催された。この講習会に再次郎も参加している。
 大正9年(1920)朝日新聞の後援を得て、第1回伊吹山雪艇大会が行われた。中山先生は、この時講師を務めた。
 レリヒ少佐直伝の中山先生は関西でのスキー場を物色し、遂に伊吹山を最適地と選び、大正3年ごろから毎年京都二中の生徒を引率し、スキーに来られ、地元の若者も次第にスキーに親しむようになった。
 伊吹山三合目には、昭和39年(1964)京都市長の意を受け、胸像が立てられた。
◆備考:

◆参考資料:

『伊吹町史』 伊吹町
 
 
 
 
◆関連項目:奥伊吹スキー場

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