賤ヶ岳七本槍武将 粕屋助右衛門尉武則公
◆解説:
賤ヶ岳の戦後、5千石を賜り、天正12年(1584)の小牧と天正18年(1590)の小田原の戦いに戦功があった。 また、京都・方広寺大仏殿の造営奉行や伏見城の工事も担当した。朝鮮の役には2千の兵力を引率して宣撫工作と晋州城の攻撃に出兵した。関ヶ原の戦いには恩顧豊臣家の絆の深さが断ち切れず徳川方の伏見城を攻めたり、子息宗孝公が石田軍に属したため加古川の所領を没収されることになった。
◆参考資料:
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