賤ヶ岳七本槍武将 平野遠江守長泰公
◆解説:
賤ヶ岳の戦後、田原本5千石を賜っていたが、秀吉公の死後は弟長重公とともに徳川氏に属していた。ところが、秀吉公恩顧の武将として、豊臣の姓まで賜った長泰公は、大坂の陣には江戸城攻めを命じられて躰よく動きを封じ込められてしまった。長泰公に近侍して城下の静岡市安西のほかに屋敷を与えられ、安西衆の一人に加えられた。寛永5年(1628)5月没。享年70。
◆参考資料:
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