賤ヶ岳七本槍武将
加藤肥後守清正公

◆生年月日:─ ◆性別:
◆没年:慶長16年(1611)6月23日
◆出身地:〒─ ─
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 天正16年(1588)肥後の国を小西行長公と半国づつ領有して25万石を賜り熊本城に入る。朝鮮出兵の時には石田派と対立、その行きがかりで関ヶ原の役には東軍に加担することとなった。関ヶ原役の戦後処理により、西軍に加担した小西行長項の領地も含めて肥後一国52万石を領有した。このとき熊本城の新築にかかり慶長12年(1607)完成。4年後の慶長16年(1611)、家康公の要請に応じて豊臣秀頼公を守護して二条城に赴き、その帰路発病して熊本城に帰着後まもなく6月23日逝去。享年50。
◆備考:

◆参考資料:

 
 
 
 
 
◆関連項目:賤ヶ岳合戦

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