賤ヶ岳七本槍武将
福島左衛門太夫正則公

◆生年月日:─ ◆性別:
◆没年:寛永元年(1624)7月15日
◆出身地:〒─ ─
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 天正12年(1584)小牧の戦、同13年(1585)雑賀の合戦に功績あり。愛媛の今治11万石を領した。同15年(1587)九州の陣に出兵のあと、肥後代官職と検地奉行を務めた。文禄4年(1595)岐阜の清洲城24万石を領し、上杉景勝軍の挙兵に際して会津攻めに出兵、石田軍の関ヶ原出陣の報に接して兵を返して家康軍の先鋒を務めた。関ヶ原の戦後、安芸・備後二か国49万8千223石の大尉を得て広島に入城。大坂の陣には豊臣家の腹心武将の不信が消えず、江戸城詰めを命じられて完全に行動を封じられる。寛永元年(1624)7月15日64歳で没した。
◆備考:

◆参考資料:

 
 
 
 
 
◆関連項目:賤ヶ岳合戦

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