山内一豊の母
法秀院
ほうしゅういん

◆生年月日:─ ◆性別:
◆没年:天正14年(1586)7月17日
◆出身地:〒─ ─
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 法秀院は山内系図によれば梶原氏の女という。梶原氏は尾張国春日井郡羽黒村の名族で、羽黒城主であった。
 一豊の母は夫の盛豊が戦死したのち出家して法秀尼と称し、一豊らと苅安賀・松倉・牧村と転々と移住して、天正の初めごろから近江町宇賀野の長野家に身を寄せていた。
 天正13年(1585)、一豊が長浜城主になったのちも長野家にとどまり、翌年7月7日に長野家で病死したと伝えられている。
◆備考:

◆参考資料:

『近江町史』 近江町まちづくり元気課
 
 
 
 
◆関連項目:

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