明治〜昭和の日本画家
片山雅洲
かたやまがしゅう

◆生年月日:明治5年(1872)5月4日 ◆性別:
◆没年:昭和17(1942)年8月12日
◆出身地:〒529-0262 伊香郡高月町西物部
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 雅洲は、本名を清次郎といい、明治5年(1872)5月4日、高月町西物部の農家の長男として生まれました。小学校を卒業後は家督を継ぎ農業に従事しました。野良仕事のかたわらに江戸期の浮世絵を模写することに熱中していましたが、独学で限界を感じた雅洲は両親を説得し、農閑期に限って隣村東物部の画家戸田北堂から手ほどきを受けることになりました。
 明治27年(1894)、京都の四条円山派の総帥幸野楳嶺に、家業を手伝うため京都と高月を往復しながら入門しました。
 その後、花鳥画の大家今尾景年の門に入り精進を続けた結果、明治29年(1896)「長春双鶏図」で日本美術協会展褒状2等を、翌年全国絵画共進会で「孔雀団」が褒状1等を受賞しました。片山雅洲はまだ26歳でした。明治30年(1897)、岡倉天心を中心とする新しい日本画の世界に心を魅かれ、東京に出て近代日本画の巨匠橋本雅邦に入門しました。しかしこのときも東京と高月を往復。明治32年の帰郷後は東京に戻らず、郷里で絵筆を握りました。
 大正14年に54歳で結婚した雅洲は、老年を迎え、人格・画風ともに円熟味を増し、昭和17年8月12日、71歳で亡くなるまで絵画三昧の生活を送ったということです。
◆備考:

◆参考資料:

高月2000年町勢要覧 高月町役場
 
 
 
 
◆関連項目:

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