第18代天台座主
慈恵大師良源(元三大師)
じえだいしりょうげん(がんざんだいし)

◆生年月日:延喜12年(912)9月3日 ◆性別:
◆没年:永観3年(985)1月3日
◆出身地:〒529-0111 東浅井郡虎姫町三川
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 第18代天台座主。荒廃した堂塔の整備や数学の発展、戒律の徹底を図るなど、比叡山を学問的にも教団的にもかつてないほどに発展させたため、「比叡山中興の祖」として仰がれ、行基以来初めての「大僧正」の位が与えられた。
 正月3日に亡くなったことから広く「元三大師」の名で親しまれる。
 角大師や豆大師に代表される元三大師信仰は、民間信仰として浸透し、現在も盛んである。
 また、大師は「おみくじの元祖」として知られ、五言四句からなる「元三大師御籤」は、寺社にかかわらずひくことができる。
◆備考:
◆元三大師エピソード◆
・その1
 良源の母は、物部氏の娘 月子姫だと言われている。
 子宝に恵まれなかった月子は、土地の名刹大吉寺(現浅井町野瀬)の観音に祈願し、その夜“海中に座って天を仰いでいると、日輪が懐に飛び込んでくる夢”を見る。その後、懐妊して良源を出産したという。
 現在、大吉寺には「木造慈恵大師坐像」と「元三大師御鬮箱」が残っている。

・その2
 比叡山での修行中、「母君が病床に臥せられた」との知らせを受けた良源は、すぐさま三川の里へ帰り、昼も夜も一心に看病した。
 ある日、朝廷から勅命が下り、再び比叡山に戻ることとなり、それを知った月子姫があまりに嘆き悲しむため、身代わりの像を刻んだ。
 良源がいよいよ山へ戻る日、村はずれの石橋まで村人が見送りにきたが、そこには木像の姿もあったという。これより村人はこの石橋を「いとまごい橋」と呼ぶようになり、現在も三川の地に残されている。また、良源が刻んだという木像は、玉泉寺の本尊として祀られているという。

◆参考資料:

『元三大師』山田恵諦著 第一書房 1976年 第一書房
『良源』平林盛得著 吉川弘文館 1987年 吉川弘文館
『慈恵大師伝』  「続 群書類従」 第八輯下 
『東浅井郡志』黒田惟信著 名著出版 1971年 名著出版
 
◆関連項目:元三大師・玉泉寺

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