| ◆生年月日:─ ◆性別:男 |
| ◆没年:大正2年(1913) |
| ◆出身地:〒─ オランダ |
| ◆電話番号:─ ◆FAX:─ |
◆解説:
海岸港湾建設業の息子として生まれたデ・レーケは、運河会社の上級工事監督の職に就いた。この頃日本は、明治時代に入り、急速に文明開化の波が押し寄せていた。諸外国に比べ科学や技術の面で立ち遅れていたため、明治政府は、新技術を導入するため先進諸国から多くの専門家を雇い入れた。彼らは「お雇い外国人」と呼ばれた。デ・レーケもそんな一人として明治6年(1873)に来日、「治水は治山にあり」の理念の下、淀川や木曽三川を始めとする河川改修や、港湾計画に携わった。湖北地域では全国的にも珍しい工法として知られる「田川カルバート」の調査に携わっている。日本の河川改修に一生を捧げたデ・レーケの多大な功績に対し、勲二等瑞宝賞が贈られている。
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| ◆備考: |
◆参考資料:
『東浅井郡志』黒田惟信著 名著出版 1971年 名著出版
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| ◆関連項目:田川カルバート |
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