田川治水の恩人
籠手田安定
こてだやすさだ

◆生年月日:天保11年(1840)3月21日 ◆性別:
◆没年:明治32年(1899)3月30日
◆出身地:〒─ 肥前平戸藩(現在の長崎県平戸島)
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 「田川治水」の恩人。虎姫町には、安定を祀る「籠手田神社」がある。
 平戸藩重臣の家に生まれた安定は、幕末から明治の動乱期を藩主松浦侯の近習として過ごした。明治8年(1875)から二代目の滋賀県令(今の県知事)として県政を担当。明治15年(1882)、当初から幾度も要望のあった「田川改修計画案」を県議会に提出したが否決される。安定は尚も認めず翌年再び計画案を提出したが、またもや否決された。そこで安定は決断し、政府と相談のうえ、工事の着工を県会始まって以来の原案執行で認めた。こうして明治18年(1885)洋風カルバートが完成した。安定はその後島根県令、新潟県知事を歴任し、明治29年(1896)再び滋賀県知事として湖国に戻る。無類の剣道好きとしても知られる。
◆備考:
◆籠手田神社の右隣に並んで建つのが「水引神社」である。

◆参考資料:

『県令 籠手田安定』鉅鹿敏子著 中央公論事業出版 1976年 中央公論事業出版
『東浅井郡志』黒田惟信著 名著出版 1971年 名著出版
 
 
 
◆関連項目:田川カルバート

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