東本願寺建立
教如上人
きょうにょしょうにん

◆生年月日:元禄元年(1558年) ◆性別:
◆没年:慶長19年(1614年)10月5日
◆出身地:〒─ ─
◆電話番号:─ ◆FAX:

◆解説:

 本願寺第11代顕如の長男として生まれる。当時の本願寺は、農民層を中心にかなりの社会的勢力を誇り、有力な戦国武将と同等の力を有していた。その存在は天下統一を目論む信長にとって放っておけない存在であり、元亀元年(1570)信長との間に合戦が勃発。天正8年(1580)本願寺門主顕如と信長の間に和睦が成立するが、教如は徹底抗戦を主張、諸国に檄を飛ばした。教如に帰依していた湖北門徒衆はこれに応じ、教如とともに戦った。その後石山合戦の終結、本能寺の変を経て、本願寺第12代となるが、わずか一年で隠居。湖北門徒衆は五村の地に坊地を寄進した。これが五村別院の始まりである。その後、家康から京都烏丸七条の地を寄進され、東本願寺を開いた。
◆備考:

◆参考資料:

 
 
 
 
 
◆関連項目:五村別院

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